青柳(新青柳) 石川勾当作曲、詞:謡曲「遊行柳」より
されば都の花盛り、大宮人の御遊(ぎょゆう)にも、蹴鞠(しゅうきく)の庭の面(おも)、四本(よもと)の木陰枝垂れて、暮に数ある沓(くつ)の音、柳桜をこきまぜて、錦を飾る諸人の、華やかなるや小簾(こす)のひま、もれくる風の匂ひ来て、手飼ひの虎の引き綱も、長き思ひの楢の葉の、その柏木も及びなき、恋路はよしなしや、是は老ひたる柳の色の狩衣も風折(かざおり)も、風に漂ふ足元の、たよたよとしてなよやかに、立ち舞ふ振りの面白や、げに夢人を現にぞ見る、 げに夢人を現にぞ見る
秋風の曲 光崎検校作曲、高向山人(蒔田雁門)作詞
求むれど得難きは色になんありける、さりとては楊家の女(め)こそ妙なる者ぞかし
雲の鬢づら花の顔、げに海棠の眠りとや、大君の離れもやらで眺めあかしぬ
緑の花の行きつ戻りつ如何にせん、今日九重にひきかへて、旅寝の空の秋風
霓裳羽衣(げいしょううい)の仙薬も、馬嵬(ばかい)の夕べにひづめの塵を吹く風の、音のみ残る悲しさ
西の宮、南の園は秋草の露しげく、落つる木の葉のきざはし、積れど誰かはらはん
鴛鴦(えんおう)の瓦は、露の花匂ふらし、翡翠のふすま、ひとりきて、などか夢を結ばん
秋の曲 吉沢検校作曲、詞:古今和歌集より
きのふこそ早苗とりしかいつのまに、稲葉そよぎて秋風のふく
久方の天の河原の渡守、君渡りなば楫かくしてよ
月みればちぢにものこそかなしけれ、わが身ひとつの秋にはあらねど
山里は秋こそことにわびしけれ、鹿の鳴く音に目をさましつつ
散らねどもかねてぞ惜しきもみぢ葉は、今は限りの色とみつれば
秋風のふきあげにたてる白菊は、花かあらぬか浪のよするか
秋の言葉 西山徳茂一作曲、備前岡山藩主池田茂政作詞
散りそむる、桐の一葉におのづから、袂涼しく朝夕は、野辺の千草におく露の、つゆの情けを身にしるや、たれ松虫の音をたてて、いとどやさしき鈴虫の、声にひかれて武士(もののふ)が、歩ます駒のくつわ虫、哀れはおなじ片里の、いぶせき賎が伏家にも、つづれさせてふきりぎりす、機織る虫の声々に、合はす拍子の遠砧、面白や、暮れゆくままの大空に、くまなき月の影清き、今宵ぞ秋の最中とは、いにしへ人の言の葉を、今につたへて敷島の、道の栞(しをり)と残しける
芦刈 作詞・作曲者不詳
名に高き、難波(なにわ)の浦の夏景色、風に揉(も)まれし芦(あし)の葉の、さはさはさはと音(おと)に聞く、ここには伊勢の浜荻(おぎ)を、よしや芦とは誰(た)が付けしく
我れは恋には狂はねど、恋といふ字に迷ふゆゑ、さりとては白鷺(しらさぎ)の、とどまれ止まれと、招く手風(てかぜ)に行き過ぎて、またも催す浜風に、芦も騒(さわ)だつ機の波、松風こそはざざんざ
吾妻獅子 峰崎勾当作曲、長堀平又(丁々)作詞
昔より云ひならわせし、吾妻下りのまめ男、慕ふ旅路や松が枝の、富士の高嶺に白妙の、花の姿に吉原なまり、君が身にそふ牡丹になれて、己が富貴の花とのみ、箭竹(やたけ)心も憎からず、思ひおもふ千代までも、情けにかざす後朝に、糸竹の心乱れ髪、うたふ恋路や露そふ春もくれ竹の、かざふ扇にうつす曲、花やかに乱れみだるる妹背の道も、獅子の遊びて幾代まで、かはらぬ色やめでたけれ
海人小舟 作曲者不詳・笹尾竹之一箏手付
雁は北、人は南に帰る海、おのが小舟に棹さして、涙の雨にぬるる海人(あま)、草のとぼそのふるさとへ、行く春おしむ恋ごろも、きつつなれにしつま重ね、幾夜仮寝の旅枕、かはせしことの数々を、関のそら寝も鳥もがな、また逢坂の折りを待ち、秋澄む月を二人眺めん
磯千鳥 菊岡検校作曲、橘遅日庵(岐山)作詞
うたた寝の、枕に響くあけの鐘、げにままならぬ世の中を、何にたとへん飛鳥川、きのふの渕はけふの瀬と、変はりやすきを変るなと、契りしこともいつしかに、身は浮き舟の楫を絶え、今は寄るべもしら波や、棹の雫か涙の雨か、濡れにぞぬれし濡れ衣、身に沁むけさの浦風に、侘びつつ鳴くや磯千鳥
今小町 菊岡検校作曲、作詞者不詳
松の位に柳の姿、桜の花に梅が香を、こめてこぼるる愛嬌は、月の雫か萩の露、露の情に憧れて、我も迷ふや蝶々の、恋ひ死なん身の幾百夜(いくももよ)、通ふ心は深草の、少将よりも浅からぬ、浅香の沼の底までも、引く手あまたの花あやめ、たとへ昔の唐人(からびと)の、山を裂くてふ力もて、曵くとも曵けぬ振り袖の、粋(すい)な世界の今小町
高き位の花なれば、思ふにかひも嵐山、されど岩木にあらぬ身の、いきな男の手管には、いなにはあらぬ稲舟の沈みもやせん恋の淵、逢はぬ辛さは足曵の、山鳥の尾の長き日を、恨みかこちて人知れず、今宵逢瀬の新枕、積もる思ひの片糸も、とけて嬉しき春の夢
浮船(新浮船) 松浦検校作曲、作詞者不明(堂上方某)
まれ人の心の香り忘れねど、色香も彩に咲く花の、あだし匂ひにほだされて、包ましき名も立花や、小島が崎に契ひてし、その浮船の行方さへ、いざ白波の音すごき、身も宇治川の藻屑とは、なりもはてなで世の中の、夢の渡りの浮橋を、たどりながらも契りあれや、すずしき道に入れんとて、現に返す小野の山里
宇治巡り 松浦検校作曲、田中幸次作詞
万代(よろずよ)を摘むや茶園の春風に、寿添へて佐保姫の、賑はふ袖の若緑、人目をなにと初昔、霞をわけて青山の、小松の城や綾の森、千歳障りもなしむしに、齢老いせむ姥昔(ばばむかし)、誰にも年を譲り葉の、千代の緑の松の尾の、神代の末の後昔、光を添へて園の梅、なほ白梅の色香にも、深くぞうつる川柳、湖水越すだに宇治の波、初花見する山吹の、花橘の匂ふてふ、夢を結ぶの折鷹や、小鷹の爪に枝しめて、木陰も多き一森の、喜撰の庵の夏の峰、瀧の音をも菊水の、朝日山の端薄紅葉、高尾の峰に雁がねの、あさる声々笠取の、数万所(かずまんどころ)面白や、心を澄ます老ひ楽は、祝いの代(しろ)にうたふ舞鶴
臼の声 山登松齢移曲、地歌「夏衣」(藤尾勾当作曲,冷泉為村作詞)より
朧夜の影は霞の薄ものに、こぼれて匂ふ梅が香の、日数にうつる春くれて
夏立つけふの薄衣、うす紫の樗(あふち)かげ、涼しき風に秋の立つ
薄霧なびく初尾花、ほのかに薄く暮れそめて、ききうす高き山風に、月澄む秋の琴の声、夜寒の雁も音をそへて、外面(そとも)の木々の薄紅葉
急ぐ時雨の朝戸出に、庭のうす雪めづらしな、なげの情の筆の跡、墨うすからぬ玉章の、契は何か薄からむ、薄き隔ての賎が家に
稲つく臼の槌の歌、拍子も風に通ひ来て、唄ふ声々面白や
梅の宿 菊岡検校作曲、村上松領作詞
糸竹の代にふしなれし鶯の、声のしらべも新玉の、幾春かすみ立つ名こそ、いち白妙に匂ふらめ、梅咲く宿や千代ならむ、梅咲く宿や千代ならむ
越後獅子 峰崎勾当作曲、作詞者不詳
越路がた、お国名物様々なれど、田舎訛りの片言まじり、しら兎なる言の葉に、面白がらせそうな事、なをえい浦のあまの子が、七ツか八ツ目鰻まで、住むやあみその綱手とは、恋の心もこめ山の、当帰(とうき)浮気で黄蓮(おうれん)も、なに糸魚川(いといがわ)糸魚(いとうお)の、縺れもつるる草浦の、油漆と交はりて、すえ松山の白布の、縮みは肌のどこやらが、見え透く国の風流を、うつし太鼓や笛の音も、弾いて唄ふや獅子の曲、向かひ小山のしちく竹、枝節揃へて、切りを細かに十七が、室の小口に昼寝して、花の盛りを夢に見て候、夢の占象(うらかた)越後の獅子は、牡丹は持たねど富貴はおのが姿に咲かせ舞ひ納め、姿に咲かせ舞ひ納む
江の島の曲 山田検校作曲、作詞者不詳(指月散人百泰か)
春過ぎて、今ぞ初めの夏衣、軽き袂が浦風に、科戸(しなど)の追風(おいて)そよそよと、福寿円満限りなき、誓ひの海のそれならで、干潟となればいと易く、歩みを運ぶ江の島の、絵にも及ばぬ眺めかな
水は山の影をふくみ、山は水の心に任す、神仙の岩屋、名に聞こえたる蓬莱洞、そばだつ岩根峨々(がが)として随縁真如の波の声、心も澄める折からに、海人の子どものうち群れて、磯馴(そな)れ小唄も貝尽くし
君が姿を見染めてそめて、引く袖貝を振り払ふ、恋は鮑(あわび)の片思ひ、徒(あだ)しあだ波桜貝、梅の花貝その身は酢いな、粋(すい)な酢貝は男の心、こちは姫貝一筋な、女心はさうぢゃないわいな、いつか逢瀬の床臥しに、逢うて離れぬ蛤(はまぐり)の、その月日貝馬刀貝(まてがい)と、言ふを頼みの妹背貝、唄ふ一節恋の海、かの深沢の悪龍(あくりょう)も、妙なる天女の神徳に、たちまち一念発起して、永く誓ひを龍(たつ)の口、昔の跡をぞとどめける、幾千代も、尽きせじ尽きじこの島の、磯山松を吹く風、岩根に寄する波までも、さながら、夏風楽(かふうらく)、青海波(せいがいは)を奏すなり
道理(ことはり)なれや名にし負ふ、妙音菩薩の調べの糸、永く伝へて富貴(ふき)自在、寿命長久繁栄を、守らせ給ふ御神の、広き恵みぞありがたき、 広き恵みぞありがたき
近江八景 山登万和作曲、福城可童(荒木竹翁高弟)作詞
春秋の、眺め尽きせぬ鳰(にお)の海、霞の隙(ひま)に見渡せば、波の粟津(あわづ)の雲晴れて、千舟百舟(ちふねももふね)打ち出での、浜をあとなる追い風に、真帆(まほ)あげ帰る矢走潟(やはぜがた)、はや夕日さす浦々の、景色を見つつ渡るには、瀬田の長橋長からず、眺むるうちに三井寺の、入相(いりあい)告ぐる鐘の声
比良の高根は白雪の、やや肌寒き浦風に、落つる堅田(かただ)の雁がねも、数さへ見えて照る月の、影もさやけき石山や、昔の跡の偲ばれて、夜半の時雨も唐崎の、松には千代の声すなり
君が御稜威(みいづ)の明らけく、治まる御代に近江路や、名に聞こえたる、八つの名どころ
大内山 高野茂作曲、高崎正風作詞
大内山の山松に、若紫の藤の花、かかりし春を数ふれば、はたとせ余りいつもいつも、常磐の影も濃(こま)やかに、ゆかりの色の麗はしく、栄えましけりかくながら、仰ぎまつらん万代に、めぐる月日の限りなく、いや栄えませ諸共に、めぐる月日も限りなく、いや栄えませ諸共に
岡康砧 岡安小三郎作曲、山室保嘉・初世山勢松韻編曲
月の前の砧は、夜寒を告ぐる雲井の雁は琴柱にうつして面白や
夜半の砧のしぐれの雨と、夜半の砧のしぐれの雨と、うちつれだちて今日の遊びは
尾上の松 作詞・作曲者不詳
やらやらめでたや、めでたやと、うたひうちつれ尉(じょう)と姥(うば)、その名も今に高砂の、尾上の松も年ふりて、老いの波もよりくるや、この下かげの落葉かくなるまで、いのちながらへて、なほいつまでか、いきの松、千枝(ちえ)に栄えて色ふかみ、琴の音かよふ松の風、太平楽のしらべかな
ゆたかにすめる日の本の、恵みは四方にてりわたる、神のをしへのあとたれて、つきじつきせぬ君が御代、万歳祝ふかみ神楽、にしみんの舞に八乙女の、袖ふる鈴やふりつづみ、太鼓の音や笛の音も、手拍子そろへていさぎよや
あらおもしろやおもしろや、とざさぬ御代に相生の、松のみどりも春くれば、いまひとしほに色まさり、深くちぎりて千歳ふる、松の齢(よわい)も今日よりは、君にひかれて万代の、春にさかえん君が代は、万々歳と舞ひうたふ